日本下肢救済・足病学会立ち上げにあたって
2010年9月吉日 北海道大学名誉教授医療法人社団 廣仁会
褥瘡・創傷治癒研究所 所長 大浦 武彦 わが国においては高齢社会となり、動脈硬化に起因する末梢動脈疾患(peripheral arterial disease: PAD)や生活習慣病の一つである糖尿病による足病変が急増しております。PADや糖尿病性足病変が重症化すると下肢切断に至る可能性が高く、患者のADL、QOLのみでなく生命予後にも重大な悪影響を及ぼすこととなります。
欧米では重症虚血肢の年間発症は8~28万人とされ、そのうち82,000件が下肢切断に至っていると推計されています。本邦でも高齢者の下肢切断原因が、交通事故からPADや糖尿病性足病変に推移しつつあるのが現状であり、今後ますますの増加が予想されています。
また、米国の調査では糖尿病患者の15~25%が足潰瘍を経験し、適切な治療がなければ糖尿病性足潰瘍の14~20%が切断に至ると言われています。わが国の平成19年の国民健康・栄養調査によると20歳以上の人で糖尿病が疑われるのは予備軍も含めて約2,210万人と推計され、5年前の1.4倍に増えたことが判明しました。これは成人のほぼ5人に1人が該当し、適切な対応がなされないと究極のところ下肢切断を余儀なくされる糖尿病性足病変の増加が必至であります。糖尿病性足病変による下肢切断後の生命予後も不良で切断後の5年生存率は約40~60%です。また下肢切断は長期の入院やリハビリテーション、福祉に対するニーズ増大をもたらし重大な経済的問題となります。直接的コストに加え、生産性の喪失による間接的コストや患者個人の重い経済負担と著しいQOL低下をもたらすことも明白であります。
しかし現実には、患者はどの診療科を受診し治療を受けるべきかわからず、既存の診療科としても下肢病変や足病の専門的知識や治療技術を持ったものは少ないため、ほとんどその場しのぎの治療しかできないのが現状であります。このように、下肢病変や足病を持つ患者は各科医療の谷間におかれており、実際には下肢のみの損失でなく生命も失うケースも少なくないのであります。
本学会としてはPADと糖尿病足病変を含む全ての下肢潰瘍と病変の実態調査、治療法の確立、治療ガイドラインの作成、新しい治療と治療方法の開発など早急に開始致します。下肢を切断から救う下肢救済(limb salvage)の実行にあったては全身の管理、血行再建、血管内治療、創傷ケア、潰瘍治療、感染症コントロールなどが包括的に要求され、集学的に行うべきであります。
従って、関与する部門としては循環器科、血管外科、糖尿病内科、腎臓内科、形成外科、整形外科、皮膚科、放射線科、リハビリテーション科、更に再生医療など多岐にわたりますが、当然のことながらもう一つの柱として、看護師、糖尿病認定看護師、糖尿病療養指導士、血管診療技師、義肢装具士などコメディカルの参加および医療業界のコラボレーションも必須であります。
このような広範で高度なチーム医療や産学共同プロジェクトを必要とする領域においては各専門分野が別個で臨床・研究を行っていたのでは問題解決は困難であります。あらゆる職種・業界が結集して共同で検討し、研究を行うと共に、下肢救済と足病の治療・ケアとそれらに関わる問題を積極的に取り上げる場と有機体として日本下肢救済・足病学会を設立致しました。
尚、2012年には世界創傷治癒学会(World Union of Wound Healing Societies)が日本で初めて開催されることとなりました。この世界創傷治癒学会に参加し、充実させると共に、これを契機として本学会の発展につなげたいと考えます。
以上の目的達成のため、皆様の学会への参加とご協力を切に望んでいるところであります。